【天井走行リフト】「事故防止」快適な介護と暮らしの「安全」

天井に設置したレール上を走行するリフトで、介護や介助が必要な人を吊り上げ、暮らしに必要な移動を支援する福祉機器が「天井走行リフト」です。

天井走行リフトは、被介護者と介護者の双方にとって、日々の介護にゆとりをもたらす画期的な福祉機器であり、積極的に取り入れたい福祉機器の一つでもあります。

一方で、人を吊り上げ、宙づりの状態で移動介助を行うため、注意深く、安全に使用することが求められます。安全の確保が天井走行リフトにおける、最も重要なことだと言っても過言ではありません。

被介護者と介護者の、肉体的、精神的な負担の減少が期待できる天井走行リフトですが、誤った使い方や、不注意、確認不足によって、思いもよらぬ事故が起きることは十分にあり得るのです。

より良い介護の実現と、ゆとりある暮らしのために、天井走行リフトの安全な使い方や事故防止についてお伝えします。

起こり得る事故と対策

具体的に、どのような事故が実際に起きたのか、あるいは起き得るのか、天井走行リフトを構成する部分別に紹介し、その予防や対策を紹介します。

リフト(本体)部分

天井レールのすぐ下に取り付ける、リフト本体に関連するトラブル例と対応策です。

リフトの落下

リフト本体は、その他の部分と比較して、利用者によって日常的に操作したり接続したりする機会は少ない部分と言えます。レールに固定されるリフトであればなおさらですが、一方で、レールから取り外しができ、異なる部屋や複数のレールでリフト本体を使い回せるポータブルタイプの場合は注意が必要です。

ポータブルタイプのリフトの場合は、使用する度に、レールとリフトの接続がきちんとなされているかを確認することが必須です。万が一、接続が不十分で、不安定なまま使用すると、被介護者がリフトごと落下する恐れがあります。落下による負傷だけでなく、リフトが被介護者に落ち、直撃することも考えられます。

体に当たったり、頭に当たったりと、重傷を負うこと、さらには命にかかわる怪我をすることもあり得るため、危険です。ポータブルタイプでは、こうした事故を防ぐために、日頃から確実な取り付けの確認を習慣化することが求められます。

天井付近という高所での確認は、忙しく介護をこなすなかでは、十分できていないこともあるのではないでしょうか。目が届きにくい場所や、忙しいときこそ、十分な確認が必要です。

加えて、固定式のリフトである場合は、利用者が取り外す機会はないかもしれませんが、それでも、リフトのメーカーや代理店に定期的に点検を依頼することが大切です。リフトの設置、導入時に、併せて定期点検の契約を結べる場合や、定期点検の契約が必須の場合もあります。安全を守るための定期点検は、必ず依頼すると良いでしょう。

充電切れ

被介護者への直接的な怪我等にはつながりませんが、リフトをきちんと充電しておくことも利用者には求められます。

多くのリフトには、非常降下スイッチなど、非常時に、吊り上げた人を手動でゆっくりと降ろすことができる装置が備わっていることが一般的です。したがって、万が一、リフトの使用中にバッテリーが切れたとしても、被介護者が長時間宙吊りになってしまうという事態は避けられることも少なくありません。

ただ、入浴中、浴槽で温まっている際、湯船から出るときにリフトの充電がなくなってしまうと、事態は深刻です。通常の使用場面とは異なり、浴槽から出る際には、降下するだけではなく、一旦上昇する必要があります。したがって、非常用の降下スイッチだけでは、充電切れの危機を脱することができません。

そうなると、湯船のお湯を抜いたり、人力で浴槽から抱き上げたりする必要も生じるでしょう。ただ、力のある人が複数人必要となることから、介護者が1人であったり、高齢であったりする場合には、誰かの力を借りなくてはならなくなり、その間、被介護者は浴槽から出ることができなくなってしまうのです。

長時間、浴槽や浴室から出ることができないのは、被介護者にとって、身体的な大きな負担となり得るため避けなくてはなりません。

延長コードなどで充電ケーブルを浴室内にまで引き延ばすことも可能かもしれませんが、充電しながら昇降できないリフトもありますし、そもそも湿気や水分の多い浴室での充電は危険ですので、行ってはならない行為の一つです。

浴室にかかわらず、リフトを使用している最中の充電切れは、予期せぬ事故や、被介護者への身体的な負担につながるため、起こさないよう注意が必要です。

リフトによっては、バッテリーの残量や、充電の適期をランプ等で知らせてくれるものもあります。そうしたサインを見逃さないようにし、また、メーカーが示す充電のタイミングなどの説明をきちんと受け、日頃から電池残量に気を配ることが大切です。

「リフト本体」に関連したトラブル・対策

○リフトの落下
<対策①>
取り外しが可能なポータブルリフトの場合、確実にリフトが接続されているか、日頃から確認する。
<対策②>
ポータブルリフト、固定リフトを問わず、メーカーや代理店の定期点検を依頼する。

○充電切れ
<対策①>
メーカーや代理店からの説明を受け、適した充電時期の知識を得る。
<対策②>
非常時に頼れる人を、日頃から決めておく。
<対策③>
レール上のどこでも常時充電できるタイプのリフトやレールを検討する。(※浴室で使用する場合は、利用できないことも。)
<対策④>
暮らしや介護スタイルに応じた、ストレスのない充電方式を選択する。
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ハンガー部分 

リフトから伸びるベルトに取り付けられ、被介護者を包んだスリングシートや車椅子、シャワーチェア等を接続するための部品がハンガーです。ハンガー部分にも、注意を怠ると事故につながりかねない危険性があります。

ハンガーの落下 

ハンガーもリフト本体と同様に、落下する可能性があります。そのため、使用時には、きちんと取り付けられているか、確認することが重要です。

ハンガーがベルトと一体になっている場合は、基本的にハンガーが外れ、落下する恐れはありません。なぜなら、ベルトは基本的にリフト本体と一体になっているため、ハンガーがそのベルトと一体になっているのであれば、ハンガーもまたリフト本体と一体となっていると言えるからです。

一方で、ハンガーが取り外し可能なタイプのリフトもあります。これは、被介護者の体格、取り分け肩幅などに応じて、ハンガーの幅を選択できるリフトがあるためです。

こうしたタイプのハンガーは、接続部のメンテナンスや掃除などでハンガーをベルトから外すことも考えられます。そうした際、お手入れ後には特に慎重に、きちんと取り付けられているかを確認することが求められます。

目視だけでは見落としがあるかもしれないため、怪我に十分注意しながら、利用者が少し体重をかけたり、動かしたりして、力がかかった際にハンガーが外れないかどうかを確認することも有効です。

ハンガーによる負傷

リフトには、昇降時、リフト本体が昇降するタイプと、リフトの下に取り付けられたハンガーが昇降するタイプとがあります。リフトが昇降する場合、ハンガーはリフトと一体になっていて、天井レールとリフトとの間でベルトが伸び縮みすることが一般的です。

一方、ハンガーが昇降する場合は、リフトの下でベルトが伸び縮みすることが一般的です。つまり、リフトとハンガーの間でベルトが伸縮します。

リフトが昇降するものとハンガーが昇降するものを比較すると、ハンガーが昇降するタイプの方が被介護者への昇降中の圧迫感は少ないでしょう。その理由として、リフトとハンガーを比べると、ハンガーの方が小ぶりで細いことが多いからです。したがって、実際に使い比べてみると、被介護者の頭周りのすっきり感や介護のしやすさはハンガータイプが勝っていると感じる人が多いのではないでしょうか。

だからこそハンガータイプを選ぶ、という人も少なくありませんが、しかし、ここに事故を起こさないための注意点があります。

ハンガーはリフト本体よりも小さくスマートであることが多い一方で、被介護者の顔や頭の近くで使用することに変わりはありません。ハンガーはリフトよりも圧迫感や存在感が小さいがために、十分に注意しきれない場合があるのです。

加えて、ハンガーはリフトよりも軽いことが一般的で、少しの反動で振り子のように大きく揺れることがあります。人を吊り上げている状態であれば、人の重みもあり、激しく揺れることは少ないかもしれませんが、何も吊っていない状態では、ハンガーは大きく揺れます。

例えば、これからスリングシート等を取り付けようとしているとき、あるいは取り外した直後などは、ハンガーが大きく揺れ、被介護者の顔や頭に当たる危険性があることを知っておくことが大切です。

顔や頭周りを広くするという被介護者に配慮した選択が、一方では危険につながる可能性もまったくないわけではありません。そうした可能性を知ることが重要です。人は知っているからこそ気をつけられます。まずは知ること、それだけで被介護者の安全性は大きく変わると言えます。

以上は、ハンガーが昇降するタイプのリフトの危険性ですが、リフトが昇降するタイプでも同じことが言えます。被介護者の顔や頭の近くで作業する際は、十分な安全確認を行い、介助を進めることが大切です。

リフトやハンガーが顔や頭にぶつかることで、打撲や裂傷につながることもあります。思いもよらない大怪我を避け、天井走行リフトの利便性を存分に得るためにも、ハンガーの取り扱いには十分注意しましょう。

ハンガー(ベルト)のねじれ

ハンガーが昇降するタイプのリフトの場合、ハンガーやベルトは、リフトの真下で昇降します。そのため、被介護者を吊り上げる位置がリフトの真下ではない場合、ハンガーを斜めの位置に引き寄せて使用してしまう例があります。

ただ、そうした使い方は、リフトからベルトが斜めに引き出されたり、斜めの状態で巻き取られたり、ベルト自体がねじれてしまったりすることがあるため、良い使い方とは言えません。

こうした、ベルトやハンガーへの適正ではない負荷のかかり方は、リフトの故障や不具合、予期せぬトラブルにつながるため危険です。したがって、リフトの使用時には、被介護者がきちんとリフトの真下にくるよう調整することが大切だと言えます。

しかし、被介護者の生活する位置が必ずしも1か所とは限りませんし、多少、寝ている位置や座る位置がずれることもあるはずです。被介護者の暮らしを必要以上に制限せず、かつ、リフトを適正に利用するために、柔軟性のあるレール設計が求められます。

天井走行リフトを設置する際は、専門家の意見を仰ぎ、注意深く計画しましょう。また、吊り上げる位置に幅を持たせたい場合、直線上のレール下でのみ利用できる線レール型リフトではなく、縦横の移動が可能である面レール型リフトを検討するのも一つです。

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加えて、ハンガーが回転することで、ベルトがねじれるだけでなく、有線コントローラーとベルトが絡み合う事態も起こり得ます。有線コントローラーのコードは、カールコードと呼ばれるバネのようにくるくるとした形状の、伸び縮みするものであることが一般的です。

したがって、バネの構造がベルトに絡むと、外れにくく、それに気づかずに昇降を続けると、コードに無理な力がかかり、強く引っ張られてしまう恐れがあります。

コントローラーのコードが損傷するだけでなく、強く引っ張られたコードが外れ、反動で被介護者にコードがぶつかったり、コントローラーそのものがぶつかったりすことも考えられます。こうしたことから、ハンガーを回転する際は、ベルトやコントローラーのコードが干渉しないよう、注意を払いましょう。

また、ハンガーを回転させる際、ベルトがねじれないよう、ベルトとハンガーの接続部が360°回転する構造のリフトもあります。しかし、被介護者の重みで、接続部がスムーズに回転せず、結果的にベルトがねじれてしまっている、ということも起こり得るため、回転する構造のものであっても、注意深く取り扱うことが求められます。

「ハンガー・ベルト」に関連したトラブル・対策

○ハンガーの落下
<対策①>
取り付けの際は、確実に接続されたことを十分に確認する。
<対策②>
目視だけではなく、体重や力をかけ、ハンガーが確実に接続されていることを、実際に利用する前に試し、確認する。(※安全に十分配慮して試す。)

○ハンガーによる怪我
<対策①>
ハンガーは大きく揺れるという特徴を知っておく。
<対策②>
ハンガーを取り扱うときは、きちんと保持し、揺れないようにする。
<対策③>
被介護者の顔や頭の近くで作業する際は、ハンガーがぶつからないよう、細心の注意を払う。

○ベルトのねじれ
<対策①>
ベルトとハンガーの接続部が360°回転する構造のものでも、吊り上げた人の重みで、回転せず、結局ベルトがねじれてしまう場合もあるため、必要に応じて人力でねじれを補正する。
<対策②>
可能であれば、接続部の回転をスムーズにするメンテナンスや点検をメーカーや代理店に依頼する。

○斜め吊り
<対策①>
斜め吊りはリフトに負荷がかかるため、リフトの真下に被介護者がくるよう配慮し、リフトを設置する。
<対策②>
ある程度、吊り位置の融通が利くよう、リフト設置の際は、専門家の意見を聞く。
<対策③>
線型レール式リフトだけでなく、面型レール式リフトの導入も検討する。

○有線コントローラーの干渉
<対策①>
特に昇降時は、コントローラーのケーブルに注意を払う。
<対策②>
可能であれば、ゆとりをもった長さにケーブルを調整してもらう。(リフトによっては、リフト内にケーブルの余分な長さが収納されており、必要に応じて伸ばせることも。)

吊り具(スリングシート)部分

介護リフトを使用する際、被介護者の体を包み、リフトのハンガーに引っ掛けて吊り上げる用具を「吊り具」や「スリングシート」と呼びます。ここからは、吊り具に関連して生じる危険な事案を取り上げます。

吊り具(ストラップ)が外れる

吊り具を用いて介護リフトを使用する際の、最も気をつけなくてはならないことの一つに、吊り具外れが挙げられます。メーカーによって形状は多少異なりますが、吊り具は4か所のストラップやループと呼ばれる部分をリフトのハンガーに引っ掛けて使用することが一般的です。

このとき、4か所のうちの1つでも外れると、吊り上げられている人は容易に落下する恐れがあります。

ベッドや床、車椅子から吊り上げてすぐの時点で外れた場合は、軽傷ですむこともあるかもしれませんが、高い位置まで吊り上げてから吊り具が外れると、骨折や強い打撲といった大怪我につながり、最悪の場合、死亡に至るケースもあるため、十分な注意が必要です。

介護リフトは人を宙に吊り上げる福祉機器であるため、多くの利用者はすでに十分注意しながら使用していることが多いでしょう。それでも、被介護者の落下事故は実際に起きています。極めて不注意な使い方というわけではないのに、それでも事故が起きてしまう理由の一つには、吊り具の特性が挙げられます。

吊り具は、人を包み、ハンガーで吊られても破損しないだけの耐久性があり、とても丈夫に作られた製品です。綿や化学繊維を用いて作られることの多い吊り具ですが、質感はしっかりとしていて、特に、ハンガーに掛ける輪っか状のストラップ部分や、吊り具全体の縁の部分は固く丈夫に作られていることが一般的です。

この丈夫さは、耐久性という面で非常に重要ですが、一方で、利用者はこの吊り具の丈夫さ、固さに注意する必要があります。

例えば、一本の細い糸や紐を片手に持って空中に立てようとしても、糸や紐は重力に逆らうことなくすぐに垂れ下がってしまいます。しかし、吊り具のストラップは、片手で持って空中に立ててみると、重力に逆らい、まっすぐに立つことが確認できるでしょう。

綿などの繊維で作られていても、空中に立つほどの固さで作られているのが、吊り具のストラップ部分なのです。

こうした、人を安全に吊り上げるために必要な丈夫さは、一方で、ハンガーからストラップが勝手に外れるという事態を起こしかねません。一度掛けたはずのストラップが、その丈夫さゆえに、空中で重力に逆らい独りでに立ち上がり、自然とハンガーから外れてしまうという事案は、少なからず実際に発生していることです。

また、浴室で介護リフトを使用する場合は、湯船で温まる際、お湯の浮力によってストラップが浮き上がり、ハンガーから外れるということもあるため、注意が必要です。

こうした事態は、リフトメーカーも把握しており、ハンガーからストラップが外れにくいよう、ストッパーや反しがついたハンガーが標準となっているリフトも多くあります。

それでも、まるで「知恵の輪」のように、ハンガーからストラップがするりと抜け落ちてしまうことがあるため、製品の性能に頼りすぎたり、過信したりすることなく、利用者一人一人が注意深く使用することが大切です。

吊り具のストラップがハンガーから外れることによる事故を防ぐために、複数回ストラップの状況を確認する習慣を持つことが有効です。まず最初に、被介護者の体がベッドや床、車椅子等についている状態で、吊り具のストラップをハンガーの一番深い所にきちんと掛けたことを確認して、上昇を開始します。

そして、すぐに高い所まで吊り上げずに、リフトやハンガーが吊り具を引っ張り上げ始め、吊り具のストラップがピンと張った状態になったら、もう一度ハンガーにストラップがきちんとかかっているかを確認しましょう。

吊り具やストラップがピンと張っていると同時に、被介護者の体はまだベッドや床、車椅子の座面等についている段階が、確認の適切なタイミングです。

その後、吊り上げている途中や吊り上げの到達地点といった空中でも、念のため確認を行うと良いでしょう。浴槽内で介護リフトを使用する場合は、ストラップが浮力の影響を受けて外れないよう、目を離さないようにすることも大切です。心配な場合は、クリップなどでストラップを留めて、動かないようにするのも一つの方法です。

介護リフトの使用中は、ストラップの掛かり具合の他にも、被介護者の体勢の保持など、安全を確保するために確認しなくてはならないことがいくつもあります。

そうしたなかで、様々な確認事項を短い時間に同時にこなすことは難しく、事故が起きる元とも言えるでしょう。したがって、介護リフトの使用中、取り分け上昇中は、一息に上昇するのではなく、何回かに分けて、少しずつ上昇し、その都度様々な確認を行うことが大切です。

介護リフトの使用に慣れてくると、段々に確認がおろそかになってしまうこともあり得ます。手早く介護をこなせるようになることは介護者、被介護者の双方にとって良いことですが、確認をおろそかにした早さは危険そのものです。

介護リフトの使用になれていないときはもちろんですが、使用に慣れてきたときもまた、一つ一つの手順における確認をおろそかにしないことが重要です。

吊り具による痛み

前項で、吊り具のストラップが外れる注意点をお伝えした際にも触れましたが、吊り具は非常に丈夫に作られた福祉用品です。したがって、肌に触れる場所によっては、その丈夫さが固さや痛みを引き起こすこともあります。

吊り具のなかでも、直接人の体に触れる部分は、一般的に柔らかく作られたものが多いですが、吊り具の縁の部分は、固く厚めに作られることが一般的です。そして、そうした固い部分は縁だからといって必ずしも体に当たらないというわけではありません。

特に吊り上げ姿勢のときには、体重が局所的にかかることも想定でき、その部分が脚部や臀部等である場合、吊り具の縁の固い部分が体に食い込むこともあり得ます。こうした痛みを防ぐためにも、適したサイズや種類の吊り具を選び、注意深く適切に、体に装着することが求められます。

加えて、被介護者の苦痛を聞いたり、表情から痛みの有無を感じとったりするなど、できる限りのコミュニケーションをとるようにしましょう。

被介護者が、障害や疾患等の理由により、意思を伝えられない場合や、痛みを感じにくい場合などは、リフトの使用後に、体に赤みが出る発赤(ほっせき)や内出血、傷ができていないかを確認することも大切です。

吊り具によっては、被介護者の体形や理想の吊り上げ姿勢に合わせて、吊り具の形状を微調整するための部品がついているものもあります。

こうした部品は多くの場合プラスチック製ですが、吊り具を体に装着する際、床面と体の間や、車椅子と背中の間に入り込んだとき、部品が体に当たる場所や向きによっては、痛みにつながることもあるので注意が必要です。

介護をするなかで、固い床や畳などの上で吊り具を装着する機会はあまりないかもしれませんが、それでも、ベッドや布団など、体と床面の間に柔らかい素材のものがある方が、吊り具の固い部分や部品が沈み込む分、体への負担や痛みの感じ方を減少させられます。

吊り具の破損

吊り具は、使用頻度やものによって違いがありますが、3年ほどでの買い替えを推奨するものが一般的です。ただ、繰り返しになりますが、使用環境や吊り上げる人の体重、使用頻度、洗濯の頻度(洗濯可能なものに限る)によって、吊り具の傷み方は異なります。

したがって、メーカーが定める買い替えの推奨期限よりも早く交換する必要があることもあります。そのため、日頃から、吊り具を点検する習慣を持つことは大切です。

吊り具は通常、使用していくうちに摩耗します。臀部や脚部周辺など、よく擦れる箇所が擦り減ったり、縁が擦り切れたりしているのを見つけたら、早急に使用を中止し、新しいものに交換しましょう。生地が薄くなってきたり、糸がほつれたりしている場合も同様です。

浴室やトイレなどでリフトを使用する場合、吊り具を洗濯する機会も少なくありません。そうした際は、必ず、浴室での使用ができる吊り具や、洗濯可能な吊り具を使用することが求められます。

洗濯をする際も、それぞれのメーカーが定めた洗濯方法を守り、付属の洗濯ネットを使用したり、洗濯モードの設定をきちんと守ったりすることが、吊り具の摩耗を最低限に抑え、吊り具の破損による予期せぬ事故を防ぐことにつながります。

リフトの定期点検はリフトメーカーや代理店が行ってくれますが、吊り具の点検は、基本的に利用者自身が行うものです。安全のため、日頃から吊り具の傷み具合に目を向けるようにすることが重要です。

吊り具は一般的に高価と位置づけられる福祉用具です。金銭感覚は世帯や個人によって異なりますが、吊り具は一枚当たり数万円するため、多くの人にとって安い買い物ではないのではないでしょうか。

したがって、そうした吊り具を、定期的に購入することが経済的に厳しい世帯もあるかもしれません。また、様々な介護用品も併せて購入するとなるとなおさらです。さらに、洗濯時の代えや、用途に応じた吊り具を数種類揃えるとなると、出費はさらにかさみます。

しかし、だからといって、推奨交換期限を大幅に超えた吊り具の使用は大変危険です。そうした危険を回避するためにも、誰もが必要なときに、適切に吊り具の交換が行えるよう、福祉用品の助成制度などの活用が役立ちます。

どういった助成制度やサービスが活用できるか、まずは最寄りの区役所や、普段利用する介護用品店などで相談すると良いでしょう。忙しい毎日のなか、窓口での相談や申請は、何かと面倒に感じる人もいるかもしれませんが、安全を確保するために必要なことだと思って、是非、相談してみてください。

「吊り具」に関連したトラブル・対策

○被介護者の落下(吊り具のストラップが外れる)
<対策①>
一度掛けたストラップが、自然と外れることがあるという、吊り具の特性を知る。
<対策②>
ストラップが外れにくいハンガーを選択する。
<対策③>
ストラップが適切に掛かっているか、複数回確認する。
<対策④>
リフトは一息に上昇させず、何回かに分けて、少しずつ上昇させる。
<対策⑤>
入浴中など、必要に応じてストラップをクリップなどで留め、固定する。

○吊り具による痛み
<対策①>
吊り具には、固い部分があることを知り、また、吊り上げられたとき、体に食い込む可能性があることを知る。
<対策②>
被介護者の体格に合った、サイズ、形状の吊り具を選ぶ。
<対策③>
痛みの有無を確認するなど、密なコミュニケーションを図る。
<対策④>
布団の上など、柔らかい場所で吊り具の装着を行う。
<対策⑤>
リフト使用後は、体に発赤や内出血などがないか、確認する。

○吊り具の破損
<対策①>
使用している吊り具の耐用年数や、推奨交換時期をあらかじめ知っておく。
<対策②>
日頃から、吊り具の擦り減りや薄れ、裂け、ほつれ等を確認する、点検を習慣化する。
<対策③>
入浴介助で吊り具を使用する場合や、洗濯する場合は、用途に適した吊り具を使用する。洗濯する際は、洗濯ネットを使用し洗濯モードを順守する。
<対策④>
介護用品の助成制度などを積極的に利用し、適期に吊り具を買い替える。
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吊り具の特性を知る

確認をすることは事故防止に役立ちますが、一方で、1回の確認では不十分であることもあります。例えば、吊り具のストラップには固さがあるため、ハンガーに引っ掛けたことを十分に確認した後であっても、自然とストラップが立ち上がり、ハンガーから外れてしまうことがあります。

危険で、なおかつ高頻度で起こり得る実例が、ストラップがハンガーに、ぎりぎりの状態で引っ掛かっているという状況です。これは、一度は掛けて、きちんと確認したはずのストラップが、独りでに外れたものの、かろうじてハンガーに引っ掛かっていて、外れかけているという状態です。

もしも、この時点でストラップが完全に外れていれば、吊り上げ始める早いタイミングで、被介護者の体の傾きなどによりストラップ外れに気づき、重大な事故にはつながらないかもしれません。しかし、辛うじてストラップが引っ掛かっていたことで、普段通りに被介護者の体が持ち上がり、ストラップの異変に気づけないのです。

そうなると、ストラップの引っ掛かりが耐え切れなくなり外れてしまうまで上昇を続け、結果として高い位置から落下するという最悪の事態につながってしまいます。

このように、確認をきちんとしても、事故の原因を排除しきれないこともあるのです。だからこそ、使用する吊り具の特性を知り、必要に応じて複数回、同一か所の確認を行うことが求められます。

十分に確認したという確信が、かえって事故の原因に気づけない事態を引き起こさないよう、使用する機器や用具の特徴を把握することも大切です。

○使用する用具、機器の特性を理解する。
○吊り具のストラップは、固く丈夫なため、ハンガーにきちんと掛けた後でも、勝手に外れてしまうことがある。
○吊り具のストラップが、ハンガーにぎりぎり掛かっている状態で、気づかないまま吊り上げてしまうと、高所から落下する可能性が高まり危険。
○同一か所を複数回(最低でも2回)は確認する習慣が大切。

利用者に合ったリフト選定が大切

リフトを選定する際、機能だけでなく、ハンガーのサイズが被介護者の体に合っているかや、使用したい吊り具との相性が良いかなども検討することが大切です。

また、ハンガーに吊り具のストラップ外れを防止するストッパーや反しがついているものを選択することも大切です。多くのリフトメーカーのハンガーには、そうした安全に配慮した工夫がなされていることがほとんどだと言えます。

しかし、そうしたストッパーや反しが人によっては不十分だと感じることもあり、実際に、そういったハンガーでも吊り具のストラップが外れることは十分にあり得ることです。だからこそ、できるだけ安全性が高いと思える、利用者や吊り具との相性が良いハンガーを有するリフトを選択することも重要です。

加えて、リフトの昇降スピードも、メーカーによって違いがあります。介護のスムーズさという観点から言えば、昇降スピードが比較的早いものを選んだ方が、日々の介護を手早く行えるかもしれません。しかし、安全確認をする時間的な猶予という点では、昇降スピードが遅いものの方が優れているとも言えるのではないでしょうか。

こうしたことから、利用者が高齢であったり、できるだけゆっくりとした動作でないと安全確認に自信がなかったりする人は、昇降スピードの遅いリフトを積極的に選ぶことも一つです。

○事故防止のため、被介護者の体に合ったハンガーや吊り具を選ぶ。
○使用する予定の吊り具が、検討しているハンガーやリフトと相性が良いか、事前に確認する。

○ハンガーはストラップ外れを防止する、ストッパーや反しがついたものを選ぶ。
○ハンガーにストッパーや反しがついていても、ストラップ外れは完全には防げないことを知る。
○昇降スピードの遅いリフトを選択することで、安全確認を行う時間的な猶予を得ることも一つの手段。

事故防止には「指さし確認」

事故防止のためにぜひ習慣にしてもらいたい有効な手段に、「指さし確認」があります。特別な道具も、技術も必要ない、誰にでもできて、しかし非常に有効性の高い事故防止策が指さし確認です。指さし確認は、指差喚呼(しさかんこ)が正式な呼び名で、危険を伴うあらゆる作業現場において実施されている確認方法です。

確認のし忘れなど、人為的なミスをヒューマンエラーと言いますが、そうしたヒューマンエラーを防ぐのに指さし確認は有効であるとされています。例えば、多くの人の命を守る必要がある鉄道の現場で、指差し確認が行われているのは、日常、目にすることの多い良い例です。

確認をする対象、例えば、吊り具のストラップを指さし、「良し」と声に出すだけでも、事故が発生する確率を下げることができるでしょう。指をさして目で確認し、声で確認し、きちんと意識を集中して十分に安全を確保するのが指さし確認です。

指さし確認を習慣にすることで、ただ漫然と「確認を忘れてはいけない」と考えるよりも、大幅に確認忘れを防げるようになると言えます。

また、指差し確認を行うことで、被介護者にも安全を確認していることが伝わるため、吊り上げられる人にとっての安心にもつながるでしょう。

○事故防止に「指さし確認」が有効。
○目で見て、指をさして、声を出す、そうすることで確認忘れを防ぐことに役立つ。
○指さし確認は、被介護者(吊り上げられる人)の安心にもつながる。

「つもり」「だろう」は事故のもと

ここまで、実例をもとに、介護リフトで生じ得る事故と、その対策の一例を紹介しました。すでにお伝えしましたが、事故を防ぐために必要なことは、第一に十分な確認です。特別な難しい操作が必要なく、介護を楽にするのに非常に有益な介護リフトだからこそ、必要な確認をしっかりと行い、安全に使用することが求められます。

車の運転ではありませんが、介護リフトにおいても、「つもり」と「だろう」は禁物です。「確認したつもり」、「今まで大丈夫だったから今回も大丈夫だろう」といった、ついつい起こり得る気の緩みが、大怪我や取り返しのつかない死亡例といった重大な事故につながることもあります。

介護リフトは安全に使えば、事故は防げますし、被介護者にとっても、介護者にとっても、非常に便利で生活に欠かせない福祉機器になり得るものです。そうしたメリットを十分に享受できるよう、安全を揺るがす事態に直結する、「だろう」や「つもり」といった思い込みをしないようにすることが大切です。

誰もが安心できる日々のために

日々の介護のなかで、怠るつもりがなくても、つい確認を忘れてしまうということは十分に想定できます。そうして起きてしまった事故は、あるいは誰にも責められることではないかもしれません。それでも、事故の原因を作ってしまった介護者本人の心には、大きな傷や負担、申し訳なさ、そして恐怖が残るでしょう。

そうした思いは、たとえ誰かが慰めても、簡単に癒えるものではありません。吊り上げられていた人が大きな怪我を負ったり、亡くなってしまったりしたらなおさらです。だからこそ、介護にはできるだけゆとりを持ち、介護者と被介護者ができる限り十分に意思の疎通を図ることが重要です。

介護者の体調が優れないときや疲れているとき、何となくイライラしているとき、また、介護者と被介護者がケンカをしてしまって少し気まずいときなど、そうしたときでも介護は待ってくれないこともあります。そして、介護ができるのがあなただけという状況も考えられます。

そんなときこそ、一呼吸おいて、きちんと確認することを思い出しましょう。調子が悪いときは、視野が狭くなりがちです。どんなに介護に慣れた人でも、確認漏れが生じる可能性は十分にあります。だからこそ、少し怖くなるかもしれませんが、事故の実例を知っておくことも大切です。

実例から学び、事故を知り、どんなときでもきちんと確認できるように備え、習慣とすることが重大な事故を予防することにきっとつながります。そして、安全を願うあなたの指さし確認の思いは、少しケンカしていたとしても、きっと相手に伝わるはずです。

介護リフトの使用に限らず、介護に関連する様々な作業において、安全確認が大切だということを、改めて思い出していただければ幸いです。

○介護には、どんなときでも、きちんと確認できるゆとりが必要。
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まとめ:天井走行リフトは「安全」が第一

天井走行リフトは、介護で生じる負担を軽減するのに役立つ、非常に有益な福祉機器です。その一方で、使い方を間違えたり、必要な確認を怠ったりすることで、重大な事故につながることもあります。

事故を起こさないためにも、事故の実例から学んだり、使用するリフトや吊り具の特性を知ったりすることが重要です。そうすることで、確認をするべきポイントがおのずと見えてくるでしょう。

事故が起きないよう、リフトやハンガー、吊り具の形状が、被介護者の体に合ったものを選ぶことも重要です。加えて、介護を行うリフトの利用者にも、使いやすいリフトを選ぶことが、事故防止に役立つでしょう。

加えて、指さし確認を行うなど、確認を忘れない習慣を身につけることも有効です。確認をしたつもりになったり、大丈夫だろうと思い込んだりせずに、丁寧に確認を行うことで、介護リフトのメリットを十分に享受し、事故のないゆとりある介護を実現しましょう。